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医学にとっての「限界」

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手塚治虫の「ブラック・ジャック」の中に「本間血腫」というエピソードがあります。今から40年前の1977年に書かれたものです。

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ブラック・ジャックは、ある大学病院から有名プロ野球選手がかかった「本間血腫」と呼ばれる、世界で20数例しか報告がなく、かかった人が全て死亡しているという難病の治療を依頼されます。

 

ブラック・ジャックを読んだことのある人はご存知かと思いますが、「本間血腫」の「本間」とはブラック・ジャックの命の恩人であり、医師を目指すきっかけとなった本間丈太郎先生です。その難病の治療をはじめて行ったのが本間先生だったため、「本間血腫」と呼ばれています。

「本間血腫」は心臓の左心室の中に原因不明の血のかたまりができて、手術で何度取り除いても再発する病気で、本間先生はその病気の解明と患者の命を救うために手術を行いましたが、「手術は無理だったのを承知で手術をしたのではないか?」「生体実験をして患者を殺したのではないか?」と糾弾され、その後本間先生は引退し、不遇のまま亡くなります。

ブラック・ジャックは恩師の名誉挽回のためにこの病気の謎を解明すべく、本間先生の残した資料を調べていた時、資料の中にブラック・ジャックに宛てられた手紙を見つけます。そこには、病気の解明を託すとともに「この病気の正体が分かるまでは決して手術をしてはならない」と書かれていました。

ブラック・ジャックが決断した治療法は、自作の「人工心臓」で心臓そのものを取り替える、というものでした。

そして、手術を始めて心臓を見ると…
なんと、そこには既に精巧な人工心臓が取り付けられていたのです。
つまり「本間血腫」の原因は、人工心臓の中にできる血のかたまりだったのです。

精巧な人工心臓でも治すことができない医学の限界に苦悩するブラック・ジャックの脳裏に本間先生の言葉がよぎります。「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね…」と。

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現在、使われている「補助人工心臓」でも「本間血腫」にあたる「ポンプ血栓(ポンプの中に血のかたまりができること)」は大きな問題となる合併症であり、40年後の現在も解決できていません。このような話を40年前に書いた手塚治虫の先見の明には、衝撃を覚えます。

そして、このエピソードから今の私が感じることが3つあります。

まず1つは、医学には限界があるということ。

「傷んだ臓器の代わりになるような機械を作ろう」という発想はかなり昔からありました。しかし、現時点でも補助人工心臓は「本間血腫=ポンプ血栓」だけでなく様々な問題があります。前に書いたとおりポンプ血栓のような血のかたまりができないようにする薬を飲むことによる出血しやすさ、機械が感染する可能性など、補助人工心臓は完全に普通の心臓の代わりになるものではありません。そのような限界があるからこそ、今は移植が必要です。

「傷んだ臓器の代わりに細胞で新しく臓器を作ろう」という発想の「再生医療」も、現時点では進歩の途中です。近い将来に再生医療の分野が大きく進歩したとしても、その時にはまたその時の医学の限界があるはずです。

2つ目に感じることは、医学の限界に挑戦しなければ医学の進歩はないこと。

本間先生が原因不明の「本間血腫」の患者を救うために必死だったように、補助人工心臓も「心臓の動かなくなった人を何とか助けたい」という医療者、研究者の熱意で作られたものです。再生医療も、よりよい治療のために、今、多くの研究者が必死に研究しています。限界があるからこそ病であり、それを克服しようと挑戦することが医学であると、改めて感じます。

そして…3つ目に、人の生死にかかわることほど高い倫理観で臨まなければならないこと。

医学の限界を超えるための新しい挑戦は、一つ間違うと「生体実験」と思われかねない。本間先生の言葉は、精巧な人工心臓であっても完全ではなかったこと、人間の力で生き死にを「自由にできるのではないか?」という傲慢な心に対する戒めと感じます。

40年経った今も全く色褪せず、鋭い問題提起を与え続ける「ブラック・ジャック」。今回「ブラック・ジャック」のカットは、手塚プロダクションに許諾を頂いて掲載しました。シェアは大歓迎ですが、無断転載はしないでください。

許諾を頂いたメールに「これからも多くの方々の健康のためによろしくお願いします」と書かれていました。手塚プロダクションは、医師免許も取得していた手塚治虫の「魂」を引き継いでおられるのだ…ということに胸が熱くなりました。


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